。生理的慾望については、娼婦のところへ行きさえすれば、こちらは黙っていて、少しも気を遣うことなく、極めて自然に満足さしてくれる。何の気苦労もいらず、はにかむようなこともない。だが家庭では、いろいろ恥しいことがあるだろうし、極り悪いことがあるだろう。それで私は結婚については、私には理想がありますし、理想にかなう相手が見つかるまでは結婚はしません、と言い遁れてきた。理想、そんなものは実は一つだってありはしない。考えてみれば、寒々とした淋しい日々だ。
 胸のどこかを金槌でことりと叩かれたような思いで、私は澄江の顔を見返した。
「僕が一人っ子だってこと、どこで分る?」
「なんだか……静かで、そして淋しそうですもの。」
 こんどは、顔色も変えず、精一杯のような真剣さだ。
「そんなことを言えば、君だって……一人っ子なんだろう。」
 言ってから、私は顔が紅くなるのを感じた。
 彼女は返事をしなかった。私も口を噤んで、杯を取り上げた。それから、あまり口は利かなかったが、互に杯のやりとりをしながら、自然に、そして大胆に、何度か眼と眼を見合った。
 これだけのことで、二人が愛し合ったと言えば、なんだかばか
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