はどうも苦手で、却って逃げだしたくなるのである。
 私はひそかに澄江の様子を窺ってみる。眼眸になにか打ち沈んだ病弱らしい影があり、口許に勝気らしい気味合いがある。丸みがかった顔立で、美人とは言えないが、頬の肉が柔かそうで、化粧のせいばかりでなく色が白い。耳は小さそうで、黒髪に半ば隠れている。縞銘仙の着物をきているが、料理屋の女中というよりは……煙草屋の娘、今はそんなものは無くなったが、昔の小説なんかに出てくる煙草屋の年増娘、そういった感じがある。
 彼女は私に酒のお酌をしながら、じいっと私の顔を見つめて――
「わかったわ。あなたは一人っ子なんでしょう。」
 そしてぱっと頬を紅くした。
 私は心にどきりとした。もし彼女が頬を紅らめなかったら、なにを生意気なこと言うかとむくれるところだったが、その頬の血いろがじかに私の心に映り、私も少し顔をほてらしたらしい。
 然し実は、私は一っ子ではない。兄も姉もある。戦争中は海軍の方に徴用されていたが、其後、生家を離れて、素人下宿の二階に、三十三歳の身を置いている。母や兄や姉など、しきりに結婚をすすめるけれど、家庭生活というものがへんに煩わしく怖いのだ
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