をつけた。なにかに憑かれたような気持ちだ。
 電車通りで彼女は立ち止った。電車が来て、彼女はそれに乗った。私は反対側から乗った。あまり込んでいず、彼女に見つかる恐れもあったが、私はもう度胸をきめていた。スプリングの襟を立て、ソフトを目深にかぶり、素知らぬ風を装った。乗換場ではさすがに困ったが、見つからずにすんだ。全然と言ってよいくらい、彼女はわき目をしなかった。彼女の方でも、なにかに憑かれてるかのようである。
 次第に私の胸は騒ぎだした。彼女は私の家の方へやって来るのだ。だが、やがて私は、ふしぎと、平静な気持ちに落着いた。彼女が今朝再び私を訪れてくることは、前から分っていたような思いがするし、私は彼女を迎いに行ったもののような思いもする。
 彼女は電車から降りて、私の家の方へ曲って行く。もう遠慮はいらず、私はすぐ後に随った。
 表の格子戸を開ける前、彼女はちらと振り向いた。私の顔をしげしげと、目ばたきもしないで眺めた。
 突然、私は涙ぐんだ。それを押し隠して言った。
「早く、室へ行きましょう。」
 室へ通ると、彼女はコートを脱ぎ、丁寧なお辞儀をした。
「どこへ行っていらしたの。」
 私
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