は頬笑んだ。
「加津美の近くをぐるぐる歩いていたよ。すると、君の姿が見えたので、跡をつけて来たのさ。」
「そう。」
彼女も頬笑んだ。眼のうちが凹んで、頬が蒼ざめている。
「とにかく、炬燵に火をいれよう。」
寒くはなかったが、やはり炬燵の方がよかった。茶をのみ炬燵にもぐって、私は彼女の指先を握りしめた。少し冷りとするその指先が、私の心に釘のように刺さってきて、もうどうにも掌から離せなかった。
彼女の眼を見入りながら、私は言った。
「出かけようか。」
「ええ。」
「遠くがいいね。」
彼女は頷いた。
それは、昨夜ではなく、前々からの、約束事だったらしい。そしてそれより外に、どうにも仕様がない感じだった。
私たちは平静に簡潔に打ち合せをした。私にも少し金があり、彼女にもだいぶあった。手荷物は彼女の小型のスーツケース一つ。置手紙などすべて無用……。
打ち合せがすむと、私たちは外に出て、軽く酒を飲み、楽しく食事をした。それから、彼女は加津美へ戻り、私は室に帰ってあちこち整理した。
その晩、私たちは上野駅で落ち合って、汽車に乗った。ふしぎなことに、なにかこう嬉しくて、もう少しも孤独で
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