極まる馬鹿だった。澄江は実はぎりぎりのところで生きていたのではなかったろうか。そして昨夜のめちゃくちゃは、最後の抵抗の試みではなかったろうか。肉体を投げ出し心を投げ出した後の、最後の抵抗。そんなものが女にあるかどうか私には分らないが、それより外に解釈の仕様はない。あれは、愛想づかしなんかではなかったんだ。分らなかったものだから、私は腹を立てたものらしい。らしい、と言うより外、私には自分のこともよく分らないのだ。
 とにかく、も一度澄江に逢いたい。澄江なしには、私は生きてゆけないかも知れない。素っ裸にされて、打ち震えてる、私自身の姿が見える。
 加津美の前は通りかね、遠巻きにぐるぐる歩き廻った。十二時になったら、昼食をたべに来たのだと、ごまかせるだろう。まだ一時間ほども合間があったが、ただ加津美のまわりを歩くことだけで気が安らいだ。
 瞬間、私は顔に閃光を受けた感じで、物陰に身を潜めた。澄江なのだ。確かに澄江だ。臙脂色の半コートをき、白足袋の足をさっさっと、わき目もふらず歩いてゆく。なにか一心に思いつめてるらしく、自転車が来てもよけようとしない。
 何処へ行くのであろうか。
 私はその跡
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