離婚するのは、いやですもの。」
「結婚して必ず離婚するとは、きまってやしないよ。」
「でも、離婚するようなことになったら、あんまり惨めだもの。いや、わたしあなたと別れるの、いやよ。」
なにかしら、めちゃくちゃなのである。もっとも、彼女が一度結婚したことを私は知っている。彼女は東京へ出て来て、叔母さんのところから女学校に通い、それから、若くて結婚したが、まだ先方へ入籍もすまさないうちに、夫は召集されて戦死してしまった。彼女は叔母さんの家に戻り、ちょっとした恋愛火遊びめいたこともあったらしいが、それも立ち消え、彼女は加津美の女中になってしまった。過去の痛手がまだ心に残ってるのであろうか。私がそのことにふれると、彼女は私を睥みつけるようにして言った。
「わたしはこれまで、誰も愛したことはありません。ただあなただけよ。」
或いは、秋田の田舎に幼な馴染みの男でもあって、世の中を見限り、その男に嫁ぐつもりでもいるのか。
「いいえ、そんなひとは誰もありません。」
私を睥みつけるようにして言う。
「それでは、結婚はだめだとしても、一緒に暮すことにしてはどうだろう。アパートかなにか見つけて、一緒に
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