孤独者の愛
豊島与志雄
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男嫌いだと言われる女もあれば、女嫌いだと言われる男もある。女嫌いの男に対して、天下の女性はどういう感じを持っておられるか、私は知らない。だが、男嫌いの女に対して、男の方では妙に気を惹かれるものだ。
男嫌いの女が、甚だ醜く、その醜さのために男から顧みられず、復讐的な気持ちから男嫌いになったのだとすれば、これに同情するしないは各人の御自由として、私から見れば、どうも浅間しくてお話にならない。男嫌いの女はまあ十人並の容姿であってほしく、美しければ美しいほどよい。
そのひとが、なぜ男嫌いになったのか。なにか淋しい薄倖な生れつきなのであろうか。悲しい星の下に生れたのであろうか。或いは、心に深い痛手でも受けてるのであろうか。あまり多くの涙を流しすぎたのであろうか。或いは、高遠な理想、とまではいかなくとも、清純すぎるほどの情操を、胸の奥に秘めてるのであろうか。世の中のこと、男女のこと、すべてが醜くきたなく見えるのであろうか。或いは、あまりに心やさしく、内気なはにかみやで、自分一人だけの世界にとじこもってるのであろうか。
そういうことが、私の感傷を甘やかすのである。言い換えれば、私の男心をそそのかすのである。男嫌いということを、決定的な、本質的なものだとは、誰も思わないであろう。すべての男が嫌いだ、といっても、この私だけは、そのすべての男の中には含まれていず、もしかすると彼女が心を寄せかけてくる唯一人であるかも知れないとの、自惚れた希望がある。すべての男というのが完全にすべてであればあるほど、そのすべてから除外される私一人が、輝かしいものとなる。だから、男嫌いな女と聞いて、内心にやりとするほど下卑たのは論外として、たいていの者は、心のどこかに頬笑みかけられるような思いをする。あなただってそうでしょう。なにも隠すことはない。実は、私もそうだった。
さりとて、私は女にかけて図々しい男では決してない。仲間たちからは、むしろ、女嫌いだとされていた。ところが、私のこの女嫌いは、孤独な心根からきたものなのだ。
現代に於て、
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