それで」は底本では「それで」]、諍いとなりました。
 問題があまり容易いと、巳之助は不満で、軽蔑したように言いました。
「こんなものは、小学校の問題で、くだらないよ。」
 それで、また諍いとなりました。
 そうした諍いのあと、或る時、久江はほんとに怒った顔をして、ぷいと庭へ出て行きました。そしていつまでも戻って来ないので、巳之助も庭に行ってみました。
 桜の花が枝いっぱい咲いていました。その桜の大きな幹を、久江は、小さな握り拳で叩いていました。いくら叩いても、桜の幹はびくともしませんが、それでも、花弁がひらひらと散っていました。それをもっと散れもっと散れというように、久江は幹を叩いていました。
 巳之助がそばに行っても、久江は振り向きもしませんでした。
「怒ってるの。」と巳之助は言いました。
 久江は黙っていました。その眼に、ぽつりと、光った涙がたまっていました。
 巳之助は囁くように言いました。
「もう喧嘩はやめようよ。僕たち、知ってるの、僕たち……いいなずけだって。」
 久江は顔を挙げました。そして眼の中まで、そこにたまってる涙まで、真赤になりました。それから突然、大きな椎の木の
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