のように巻き上りました。青葉の壁と火焔の壁と、すれすれに対抗しました。暫くすると、その二つの壁が密着し、ついで互に喰いこみました。一時は、青葉の壁が火焔の壁を抱き込んで制圧するかと思われました。その時、なにか深い戦慄が起りました。そして……それまで自若として抵抗し続けてきた椎の木が、俄に、葉から枝から幹までぼっと燃え上りました。だが、燃えてしまったというのではなく、焔に包まれたというが本当でありまして、やがてその焔も衰え、崖から巻き上る焔も衰えました。
 大火災の煌々たる明るみの後に、暫し暁闇がたゆたい、それから、煙と灰に空を蔽われてる盲いたような一日となりました。それは一日だけのことでしたが、椎の木にとっては、来る日来る日がすべてそうだったでありましょう。幹や枝は半面焦げ、葉は落ちつくし、ただ下枝の先にふしぎにも若葉が少し残ってるきりでした。椋鳥や雀もどこかへ逃げてしまいました。
 後日、植木屋が来た時、その意見では、この椎の木が生きるか死ぬか、全く不明だとのことでした。或は夏すぎて時ならぬ若芽を出すかも知れないが、それから先が全く分らないとのことでした。
 夏の陽が照り、秋の陽が照
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