に引っかかりました。中空に聳えて、風にちらちらと葉裏を見せてる茂みに、頂から地面近くへと、幾筋もの銀箔が垂れ懸って、太陽の光にきらきら輝き、その間に椋鳥や雀が囀ってる様は、なにか祝典の樹のようでありました。そしてこの上空では、高射砲弾の炸裂の煙も、飛行雲も、B29[#「29」は縦中横]の姿も、すべてがゆったりとした美観を具えていました。
そうした祝典も、やがて、局面が一変しました。或る夜深更、椎の木は火焔に包まれたのです。
椎の木は、ちょっとした崖の縁に立っていました。その崖の下一帯が、焼夷弾の密集に見舞われました。蒼白い閃光に次いで、赤い焔が人家の軒先に流れ、あちこちから、どっと燃え上りました。風が加わると、それが一面の火焔となりました。
火焔は崖に沿って巻き上りました。巻き上り巻き上り、高い火先は、逆に後ろへ巻き返しました。恰もこの崖のところへ、下からと上からと二つの逆風が合流してるような工合でした。或る寮になってる大きな建物から、最も大きな火焔が巻き上りました。それを、椎の木は真正面に受けとめました。
椎の木は傲然とつっ立っていました。その茂みに沿って、火焔は高さを競うか
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