に、外を眺めました。ともすると、縁側近くに布団を移させることもありました。
 室の二方を取り廻した縁側の、その一方から、広い庭の片隅にある椎の大木が見えました。
 眼通り四抱えほどもあるその大木は、樹齢幾百年とも知れず、この辺一帯が藪の茂みであった昔から、亭々と聳え立っていたことでありましょう。横枝の拡がりはせいぜい十米ほどでありますが、高さはその三倍ちかくもあって、巨大な幹がすっくと伸びきり、梢近く朽ち折れて、空洞を幾つか拵えています。嘗て、市内の天然記念木指定が流行でありました頃、文部省関係の人が、指定に価すると讃美したことがありました。柴田巳之助はそれに乗らず、公木としてでなく、私木としての所有を誇りとしました。
 時勢の幾変遷に拘らず、この巨木はいつも泰然と中空に聳えていました。戦争末期、空襲による災害のため、各処に焼け跡が見らるるようになっても、この木の附近は無事でありました。梢近くの幹の空洞には、昔ながら椋鳥や雀が巣くって、朝夕は騒々しく飛び交い囀りました。或る時、飛行機から撒かれた電波妨害の錫箔が何かのために充分拡散せず、長く連続したまま団りあって落ちて来、それが、この木
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