た。
そこで彼等がしてる遊びの一つを、巳之助は知っていました。――椎の木の樹皮がはがれて、木質が露出してるところに、彼等は白墨でいたずら書きをしました。それから次には、ナイフを持ち出して、そこに、各自の名前を、片仮名で彫りつけはじめました。
巳之助が栗野老人に、切株を二三尺残すよう頼んだのも、そこを晩酌の席などにするつもりではなく、子供たちの遊び場所にしてやるつもりだったのです。
今もまた、子供たちはそこで遊んでいました。巳之助は眼をつぶって、子供たちの声を聞き取ろうとしましたが、何にも耳にはいりませんでした。
巳之助は思い出したように、禿げ頭を掌で撫でてみました。冷たい汗の感じがしました。
やがて、室に戻って来た看護婦は、巳之助の瞼にたまってる涙を認めました。彼女はそれに気付かぬ風を装って、顔をそむけ、眉根を寄せました。
椎の木の伐採は、簡単に行われました。枝葉を茂らしてる生木でしたならば、いろいろ壮観なこともありましたでしょうけれど、もう大半枯れてる裸木なので、異常なことはなにもありませんでした。
初めに、上枝が切りおろされ、次で、下枝まですっかり切りおろされました
前へ
次へ
全25ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング