し、中村家の者も同居している。一日中、互に鼻を突き合さんばかりの有様だ。日本全体に空間が足りない。然し、この種の空間は、単に空気と言ってもよいほどのものに過ぎない。俺が今想見している空間は、なにか神秘な、深いそして高いもの、生命とじかに関わりのあるものなのだ。それが、あの椎の木を通して、そこに、あすこに在る……。
柴田巳之助はそこを覗きこんで、昏迷した心地になりました。そしてうとうとと、夢とも現とも分らない状態に沈んでゆきました。
彼が安らかに眠ってるものと思って、看護婦は席を立って、ちょっと母屋の方へ行きました。
それと殆んど入れ代りに、千代子の娘の美智子が、そっと縁側からはいって来ました。
髪をおかっぱにした、眼の大きな、この子供は、お祖父さまに馴れ親しんでいました。お祖父さまが病気になって寝ついてからも、よく病室にやって来ました。病室にはたいてい、なにかおいしい物がありました。
いま、お祖父さまは、一人きりでした。静かに寝ていました。その禿げた頭だけが、枕の上に、つやつやと光っていました。それを、美智子はふしぎそうにじっと眺めました。
やがて、美智子は寄ってゆきました
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