すからな。却って目障りになるかも知れません。」
「ほかの樹木をいためないように、倒して貰いたいんだがね。」
「それはもう、充分心得ております。まず見当では、三回に伐りますかな。」
「それから、切株を、二三尺残しておいてほしいね。」
「なるほど、面白いお考えですな、大丈夫、まっ平らにして、磨きをかけましょう。そこに餉台をだして、座布団を敷いて晩酌を一二本……いいですなあ、崖の上なもんで、いつも凉しい風がございますよ。中に空洞さえなければ、申し分ありませんが、勢《せい》のいい木でしたから、案ずるほどのことはありますまい。切株を二三尺。なるほど、わたくしもそこまでは考えませんでした。」
「それだけだ。頼むよ。」
「宜しゅうございます。」
栗野老人は巳之助の顔色を窺いました。なにやら苦悩めいた表情がありました。それを見て取って、栗野老人は辞し去りました。
巳之助はなお暫く坐っていました。頬の肉に軽く震えが来て、額が汗ばんでいました。栗野老人の饒舌などは上の空に聞き流していましたが、椎の木の伐採を頼む自分の言葉が、胸にひしと反響する心地で、それに沈湎してゆきました。
付添いの看護婦に促され
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