ない、或る床の高い縁側に腰掛けていた。前は広々とした庭で、築山や植込の模様から配石の工合まで、昔の大名の屋敷を思わせるものがあった。その庭の真中に、井戸があった。おや、と思って見たとたんに、井戸の真上に、車巻の枠の上に、若い女が腰掛けている。着物は分らなかったが、高島田に結った綺麗な女で、彼の方を見てにこにこ笑っている。お転婆な女だなと思って、彼は二口三口からかいかけた。何と云ったのか文句は覚えていないが、女がなおにこにこしているので、次第にひどい悪口を云い初めた。するうち、女は俄にきりっと眉を逆立てて、「何を!」と男のような声で怒鳴りつけて、井戸枠からするすると下りて、真直にやって来る。彼は逃げようとしたが、どうしても身体が動かない。もう女は眼の前にやって来て、彼の着物の襟を掴んで、締めつけ初めた。馬鹿に大きな力で、大磐石にでも押えつけられたようで、いくら※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いても、身動きさえも出来なかった。女はなおも襟元をしめつけながら、ぐいぐいと押してくる。彼は縁側の柱に押しつけられ、息がつまり、身体がひしゃげ、苦しさにむーとこらえた、とたんに、ほーとし
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