て眼が覚めた。
 身体中にねっとり脂汗をかいて、手足が痺れていた。がそれよりも更に不思議なのは、夢に見た光景が一々、覘眼鏡《のぞきめがね》ででも見るように、実物以上の透き通った明瞭さで、まざまざと頭の中に残っていた。庭の有様、車井戸、井戸枠に腰掛けてる高島田の女、その女がすーっと下りてきて襟を締めつけたこと、それが一々、陰影のない明るさで浮び上っていた。ただ、庭以外のことと、女の首から下とだけは、何にも分らなかった。
 彼は怪しくぞーと寒けがして、起上って電燈をつけた。室中がぱっと明るくなったが、その光の届かないどこか奥深い暗闇の中に、庭や車井戸や女のことが、くっきりと浮出していて消えなかった。
 それでも彼は、家の人達を呼び起すのも不甲斐ないと、不気味なのをじっと我慢して、とうとうその夜を明かしてしまった。
 いつもと違った、余りにはっきりしてるその夢が、長く彼の頭につきまとった。庭の古井戸と結びつけて考えたりしたけれど、自分でも馬鹿馬鹿しくなって、誰にも話さなかったが、やはり頭の底に始終気掛りなものが出来て、それからは電燈をつけたまま寝ることにした。
 それが、忘れるともなく薄らい
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