でいった、年を越して春のこと、彼は二三の友人と芝居を観に出かけた。番組の中に皿屋敷があった。その一幕を見て、彼はまた夢のことをはっきり思い浮べた。
 まではまだよかったが、幕間に酒を飲みながら、話は皿屋敷の故実から、昔の大名の行跡にまで及んでいった。その時、友人の一人が、変な話を彼に聞かした。
「……そんなら、丁度君の下宿のあたりだよ。あの辺に、昔或る旗本の屋敷があってね、それがまた癇癖の強い乱暴な男だったらしい。或る時、子供を守りして一人の女中が庭で遊んでいた。そしてどうしたはずみか、その子供が、庭井戸の中に落っこって死んでしまった。あの皿屋敷の井戸のようなやつで、昔の広い庭にはよくあったものだ。さあ主人の立腹ったらない。女を縛り上げて、井戸の側に引き立てて、お前がこの中に子供を落したんだな、お前が落したんだな……と云いながら、女の頭をむりやりに井戸の中にさしつけて、責めさいなんだ揚句、抜打にすぱーりと、その首を井戸の中に切り落した。それからは、その井戸に何か変異があるとか、僕の祖母が、僕がまだ小さい時、詳しく話してきかしたものだが、そんな他愛ない話は、祖母が死ぬと、一緒に忘れてしま
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