った。然しとにかく、召使を手討にするなんか、昔の大名は平気だったらしいね。」
 彼はぎくりと胸にこたえて、暫く友人の顔を見守っていた。
「その、何とか云う旗本の屋敷は、僕の下宿のあたりにあったのかい。」
「さあ、うろ覚えなんだが、祖母の話ではたしか、町名や番地など、どうもそうらしいよ。……何だい、変な顔をするじゃないか。何か出るのかい。」
「出やしないが……。」
「ははは、出たらお慰みだ。皿屋敷なんかより、その方が本物で面白いわけだがね。」
 一笑に付されてしまって、彼は夢のことを云い出しそびれた。
 然しそれがひどく気にかかった。後の芝居は見る気もなくぼんやり眼をやってるだけで、しきりに夢のことや友人の話が考えめぐらされた。話を聞いてから夢にみることは、世にありそうだが、話をきかない前にそれと符合する夢をみることは、滅多にあるものではない。その上、いやにはっきりした不気味な夢だった。ばかりでなく、掘り返した古井戸の跡や、あの変な自然石など、考えれば考えるほど、怪しい糸がもつれていった。
 そして、その晩も、翌日も、変梃な気持で過した。庭の方を見ると、円い自然石が、植込の茂みの葉裏のせ
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