いか、茫と青白く光ってるようだった。そして古井戸の跡は、一面に四五寸ほども落ち凹んで、もう苔生して、くっきりと円い形を現わしていた。
「何をぼんやり考えこんでいらっしゃるの。」
 そう云って縁側に屈みこんでる彼の方を、房子が覗きこんできた。
 その、眼の光の鈍い善良な顔付を見て、彼はふと、凡てを彼女に打明けてみる気になった。
「まあー。」
 呑気そうな彼女の顔が一寸固くなった。
「ですが、何処のことだかよく分らない昔話と、ただ一度の夢とだけですから、或は気のせいかも知れません。」
「けれど、そう云えば、あの石だって何だか変ですわね。……どうしてあんな石を、庭の真中に据える気になったのでしょう。」
「いえ、あの石だけなら、面白いじゃありませんか。……いや屹度、気のせいかも知れません。こんな話は誰にも内緒にしといて下さい。うっかり話して、人の笑い草になっちゃつまりませんから。」
「ええ、それはもう、どなたにも話しはしませんけれど……。」
「変な時に、お菊の芝居なんか、とんだものを見たものです。」
 そう云って、彼は初めて苦笑した。実際、彼女に打明けてしまったので、胸が晴れたような気持だった
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