。
四
それから二週間ばかりたった午後、一人の男が階下に訪れてきた。松木が不在だったので、房子が暫く応対をしていたが、やがて二人は庭に出て、古井戸のあたりで立話を初めた。黒っぽい銘仙の着流しに、古縮緬の兵児帯をまきつけた、ひょろ長い半白の老人だった。
彼は二階で書物を読んでいたが、古井戸の辺の話声に、何だか気掛りになってきて、それとなく様子を見に降りていった。すると、縁側に腰掛けてた老人につかまった。
老人は家作の差配人だということが、話の調子で彼にも分った。初めは何気なく彼に言葉をかけておいて、つまらないことで彼を引止めてから、遠廻しに徐々と、古井戸の方へ話を向けていった。その側で房子が、何だか落付かない様子で、しきりに彼へ目配せをしたが、彼はその意を察しかねて、いい加減の返辞をしているうちに、ふと、意外なことが老人の口から洩らされた。娘の光子が、屡々悪夢にうなされるというのだった。
「え、何ですって、光子さんがうなされるんですか。」
彼の喫驚した言葉に、房子ははっとして顔を伏せてしまったが、老人は切れの長い眼で、彼の顔色をじろりじろり窺い初めた。
「いえ、な
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