あに、古井戸の跡だときいて、一寸夢をごらんなすったまでのことで、子供にはありがちのことですからなあ、御心配にも及びませんと、私から今もそう奥さんに申上げてるような次第で……。」
「そうです、何でもないことでしょう。そう云やあ実は、私でさえ変な夢を見たことがあるくらいですから。」
「ほう……してみますと何か、やはりその、古井戸のことで……。」
「ええ、馬鹿げた夢です。」
そこで彼は、房子や老人に安心させるつもりで、夢の話をごくあっさりとしてきかした。友人の昔話なんかは勿論語らなかった。
房子は始終黙っていたが、老人は次第に膝をのり出して、首を傾げ初めた。そして彼が話し終ってから、暫くして結論めいた調子で云った。
「なるほど、世の中には理外の理ということもありますからな、何とか一つ考えてみませんければ……。」
「いえ、考えて気にするから夢もみるんです。気にさえしなけりゃ、古井戸の跡なんか、どこにだってあることですし……。」
「云ってみればまあそんなものですが、奥さんも御心配でしょうし、なるべくその……世間にぱっとしない方がお互の為ですからな。」
話の調子が、初めとはまるで反対になって
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