いた。その上、房子は始終下を向いて、時々ちらと彼の方へ目配せをした。彼は腑に落ちかねて、二階へ退いていった。
 階段を上ろうとすると、茶の間の片隅に、光子がぼんやり坐っていた。彼はそれを二階へ連れて上った。
「今聞いたんですが、何か、古井戸の夢をみるんですか。」
 光子は彼の顔をじっと眺めて黙っていた。
「なぜ私に隠していたんです。え、どんな夢をみるんです。云ってごらん。え、どんな夢。」
 光子は頭を振った。
「ねえ、黙ってては分らないから、本当のことを云ってごらんなさい。……え、どうしたの。」
 光子は慴えたような顔をして、低い声で云った。
「夢なんか見ないの。」
「え、見ない。だって、お母さんは、光子さんが夢でうなされるって……。」
 光子は一寸、呆けたような眼付を空に据えたが、いきなり彼の肩に飛びついてきて、囁くような調子で云い初めた。
「夢なんかみないのよ。でもね、お父さんが、恐い夢をみると云わなけりゃいけないって……。嫌だと云うと、ひどく叱られたの。それであたし、一生懸命に云ってやったわ。恐い夢をみて、ちっとも眠られないって。するとあの爺さんが、じっとあたしの顔を見たの。あた
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