れませんし、わたしも別段……。」
「へえー。不思議ですね。」
 どこが不思議だというような面持で、彼女はまた尋ねた。
「そして、あの穴は……。」
「古井戸を埋めた跡だそうです。」
「古井戸、」と一寸眼を見開いた。「そう分れば、安心ですわ。」
「安心ですって。」
「ええ、わたしはまた、お墓の跡ででもあると困ると思って……。」
 善良そうな眼で庭の方を透し見ていた。
 ククク……と彼は突然笑い出した。
「あら、何を笑っていらっしゃるの。」
 千三《せんみつ》や……と云っても、万に三つも当るかどうか分らない松木が、宝を掘出しそこねて腹を立てたことと、何にも知らないでいる細君が、古井戸の跡と聞いて安心したこととが、変に対照をなして、納まりかねてた彼の気持を落付かした。
 彼はまた、ククク……と独笑いをした。

      三

 ふうわりと土を被せた古井戸の跡は、降雨の度に少しずつ凹みながらも、もう穴を開くようなことはなかった。そして円い自然石だけが、荒れた庭の真中に、得意然と構えていた。
 彼はいつしか、古井戸のことを忘れかけた。ところが、その秋の或る夜、怪しい夢をみた。
 ――何処だか分ら
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