眼をぱっちり見開いていた。どこが苦しいかと聞いても、どこも何ともないと答えた。精力がつきたようになりながら、少しも眠らないで眼を見開いていた。眼瞼を閉すことがあっても、ふいに大きく見開くのだった。
「元気を出さなきゃいけません。しっかりするんです。私がついててあげるから。」
彼がそう云うと、彼女は弱々しい笑みを浮べて、枕の上で大きく首肯いてみせた。
そして彼が一寸でも坐を立つと、すぐにまた呼び寄せた。
「ついてて、ねえ。」
然し別に話はしたがらなかった。何を云っても簡単な返辞をするきりで、黙って時々微笑むのだった。彼は書物を持ってきて、彼女の近くに寝そべりながら読んだ。
房子は呑気に構えこんで、光子のことは彼に任せきりだった。彼は腹立たしく思ったが、口に出しては云わなかった。
二三日目から、松木がひどく不安げに沈み込んで、外へも余り出なくなった。初めは、彼が座敷にいる間は茶の間の方に避けていたが、やがては黙ってはいり込んできて、彼と遠い隅の方に坐って、煙草を吹かしたり書類を見たりしだした。然し絶えず光子の方に気をとられてることは、その様子で明かだった。
それが彼には最もひど
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