れない衝動を感じた。
そういう危い気持から遁れるために、彼はしきりと光子を求めた。何だかヒステリックなそして晴れやかなものを持ってる光子に、彼は次第に深く囚えられていった。恋愛でもなく、憐憫でもなく、訳の分らない感情だった。
「お父さんを好きですか。」
「嫌いよ。」
「お母さんは。」
「好きでも嫌いでもないわ。」
そして眼をきらきらとさせる光子を、彼は膝の上に抱いてやった。
「私がどこかへ行こうと云えば、どこへでもついて来ますか。」
「ええ、いくわ。」
「どんなところへでも。」
「ええ。」
二人で遠くへ逃げ出すのが唯一の途かも知れない、などと彼は考えた。然しまた、松木に対する訳の分らない憎悪の念が、却って彼を家の中に引止めた。
松木が生きてる以上は……と彼は歯をくいしばった。
そして彼が自分一人の気持に悶えているうちに、光子は急に病気になって、寝ついてしまった。
快活に晴れやかにしてたところに、俄の病気なので、皆喫驚した。何の病気とも分らなかった。内部にはどこも故障はないと医者は云った。神経のせいかも知れないそうだった。
食慾がなく、元気がなく、頭を重く枕につけて、大きな
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