い苦痛だった。光子は父親が来ると眼をじろりとさしたが、それからすぐに、全く無関心な様子に返っていった。然し彼が出て行って暫くやって来ないと、すぐ呼びたてた。彼は息をつめながら、松木が控えている室にはいって来なければならなかった。そしていくら我慢をしても、松木の存在の方へ次第に意識がねじ向けられていった。じりじりと汗がにじみ出すような気持だった。どうしてそう松木の存在が気になるか、どうしてそう憎まずにはいられないか、自分でも分らなかった。余り苦しくなると、彼はわざと光子の方へ寄っていって、話をしようとしたが光子は口を利くのを喜ばない風だった。時々見せる微笑も次第に消えて、天井ばかり見つめていて、それから眼瞼を閉じた。暫くたつと、大きな露わな眼で、彼の方をじっと眺めていた。彼が見返すと、微笑らしい影を頬に浮べた。
光子のために松木の存在なんか無視してやれ、とそう彼は心の中で誓った。然しやがてまた、じりじりと気持が欝積してきて、どんなことになるか分らなくなった。光子と親子だということが、堪えがたい圧迫となってきた。
彼は光子の手を握ってやって、表面に光の浮いた大きな奥深い眼を覗きこんで、
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