根本に小さな黒子があった。
「あら、ここから見ると、あの井戸は綺麗ね。」
 いつもよく見てるくせに、初めて見るもののように、眼を見張った。
「あれからお化が出るんですよ。」
 彼は初め冗談を云ってみた。
「いやーだ。」
「だって出たでしょう。」
「嘘、嘘。」
 彼のところへ飛んで来て口を押えた。
「あたし、これから勉強するの。分らないところ教えて頂戴、ね。」
「ええ。」
 そんなことから、光子は始終二階にやって来るようになった。そして呼ばれるまでは降りていかなかった。どうかすると、呼ばれてもなかなか立上ろうとしなかった。
「叱られやしませんか。」
「いいのよ。構やしないわ」
 快活になると共に、母親を馬鹿にするような素振を見せ出した。ばかりでなく、父親をも軽んじ初めたようだった。
 彼は不思議な気持で、その様子を見守っていた。
 松木は帰って来て光子が見えないと、階下から大きな声で呼び立てた。
「そら。」
 皮肉な笑顔をして光子は降りていったが、夜になるとまた、松木が茶の間に控えている前も平気で、二階の方にやって来ることがあった。
「あたし、お父さんと喧嘩してやったの。」
「お父さんと
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