口にしてる松木、困ってくると細君の着物まで質に持って行く松木、十二三歳の自分の娘に危い狂言をさしてまで、差配を瞞着してしまった松木、細君を頭から押し伏せて、馬鹿みたいになしてしまってる松木、娘をおどかしつけて、始終恐れおののかしてる松木、碌に誰とも口を利かないで、而も何でもよく分るという松木、その松木全体の存在が、彼には堪え難いもののように思えてきた。
 日に焼けた浅黒い、いつも陰欝な没表情な額、さほどの年令でもないのに、ぽつぽつ白いのの見える五分刈の荒い頭髪、時によって妙に濁ったり鋭く光ったりする眼、頑丈そうな歯並と固い唇、太い頸筋、長い胴体、短い足、どこと云って異常な点はないが、見れば見るほど憎々しいその身体全体が、彼には堪え難かった。
 それが、そこに、電燈の光の下に、蟇蛙《ひきがえる》のようにのっそりと構えこんでいた。存在することだけで既に罪悪のようだった。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、彼はやはりその方へばかり意識が向いていった。手を動かし足を動かし、一寸身動きをすることまで、一々相手に反射するような気持だった。じっと我慢をしていると、額から脂汗がにじみ出てきそうだった。
 
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