を噤んだ。馬鹿馬鹿しいのか腹が立つのか、自分でも分らなかった。そこへ暫くしてから、房子はふいに云った。
「わたしはもう、長年のことで、諦めておりますの。」
 溜息と共に彼女がふいに涙ぐんだので、彼は茫然としてしまった。

      七

 何という変な人達ばかりの集まりだろう、と彼は考えた。そしてその考えはいつも、松木に対する憤りに落ちていった。
 然し彼は、松木に対してだけは、面と向うと、少しも物が云えなかった。庭の穴を掘り返してみた時以来、彼は碌々松木と話をしたこともなかった。そして影でただじりじりするだけだった。
 松木は[#「 松木は」は底本では「松木は」]相変らず千三《せんみつ》の仕事に、一日中馳け廻ってるらしかった。夜帰ってくると、茶の間でいつまでも煙草を吹かしたり、奥の座敷で書類と睥めっこをしたりして、家族の者とも余り口を利かずに黙っていた。
 彼も時々それと対抗するような気で、蚊に刺されるのを我慢しいしい、階下の茶の間にじっと坐ってることがあった。
 意識の全部が松木の方へねじ向けられて、じりじり苛ら立っていった。
 二十万とか五十万とか、いつも十万のつく金額ばかりを
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