り出され運び去られるのを、不思議な気持で眺めやった。
差配の老人も時々見廻って来た。
「あの円い石が井戸跡にのこっていたんですが……どうしたのでしょう。」
云ってしまってから彼は、俄かにはっと気が咎めた。然し老人は、何にも気付かないらしく、庭の真中の石の方を見やって答えた。
「それもやはり、埋めていけない井戸を埋めたので、そんなことをしたものでしょうな。ですが、元通り掘ってしまえば、そんな石も必要がなくなるわけでして、へへへ、もう安心ですよ。……大体この、一度埋めたのをまた掘り返すというのは、法にないことだそうですが、初め埋めたのが悪いというので、却って法に戻すんだと云いましてな……。」
井戸は前の差配の折、十年ばかり前に、古び廃れてるのを埋めたものだそうだった。
そして新たに拵え直されたものは、昔通りの車井戸だった。
掘り初める時にやって来たという神官が、再び白衣でやって来て、井戸に向って祈祷をした。榊の枝を飾った簡単な供物机を据え、御幣を打振って祈祷の文句を唱えながら、塩と神酒とを交る代る、幾度も井戸の中に振撒いた。
いつもの通り陰欝な没表情な額をもってる、日焼けのした
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