……惜しい石ですよ。あれくらい大きな、自然に円みのある石は、なかなか安かありません。惜しいものです。」
そしてまた彼の顔をじろりと見た。その眼付が、いつぞや、格安の売物だが知人に買手はないだろうかと、住宅の図面を二三枚彼に見せた時のそれと、同じように底光りがしていた。
「じゃあ、わきにどけたらどうでしょう。」
彼もちらと松木の顔を見返した。
「二人で動かせますかね。」
「大丈夫です、あれくらいの石なら……。」
石が問題じゃない、後が見物《みもの》だ、と思って、彼は勢よく跣足で飛び下りた。
鉄棒、荒縄、鍬そんなものが用意された。
石は半ば土に埋ってるように見えたが、案外底が平らで、実は地面にのっかってるだけだった。深く掘る必要はなかった。然し、鉄棒を梃《てこ》にして押し動かそうとすると、そこの地面が崩れ落ちたり、足がめいり込んだりして、一寸困難だった。がそれが却って仕合せで、荒縄を下から通すことが出来て、二人で運び動かせた。
ほっと息をついて、見ると、思いもよらない大きな穴が、宛も陥没地のような風に、縁に一尺ばかりの断層を見せて、そこに口を開いていた。
「一体何でしょう、ここは……。」
彼はちらと松木の顔を見やった。
「池でも埋めた跡ですかな。」
松木はそっぽを向いて、額の汗を拭いていた。
「それにしても……。」
方々を力足で踏んで見ると、陥没の範囲が次第に大きくなっていった。
「掘ってみましょうか。」
「さあーうっかり手をつけて……。」
「なあに、御自分の庭じゃありませんか。金魚池でも掘るつもりにすりゃあ……。」
松木はじろりと彼の顔を見た。
「なるほど、金魚池……。」一寸間を置いてから早口に云い初めた。「光子が金魚が好きでしてね。随分買ってやったものですが、何しろ硝子の容物《いれもの》でしょう、じきに死んでしまうので、それきり一切金魚は止めましたが、ここに池を掘ってやりゃあ、そんなこともありますまい。なに訳はありませんよ。私一人で充分です。この通りもう崩れかかってる地面ですからね。……だが、まあ立合ってみて下さい。もし白骨でも出て来ると、厄介ですから……。実際えたいの知れない穴で……あなたが立合っていて下されば安心です。」
縁側の方へ小走りに馳けていって、着物を脱ぎすてて、褌一つきりになって戻って来た。
彼は鉄棒を持って、移し動かした石に腰
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