ゃあ、どうしてお父さんに分ったんだろう。私も云やしないし……。」
「何でも分るのよ。」
「え、なぜ。」
「なぜだか、何でも分るの。だからあたし、恐いわ。」
 光子は眼を据えて、縋りつくように彼の顔を見入ってきた。彼は唇をかみしめた。
「これから、何でも私が引受けてあげます、ね。みな打ち明けるんですよ。そして、お父さんに叱られるようなことがあったら、私のところへ逃げていらっしゃい。」
「そんなことをして……。」
「構やしません。あんなひどい……。」
 彼は変に不気味な気持と憤ろしい気持とを同時に感じた。
 それをじっと我慢して、いろいろ光子を慰めてやってから、階下に降りてゆくと、房子が茶の間で針仕事をしていた。その善良な鈍感な顔を見て、彼はいきなりきめつけてやった。
「光子さんはやはり、恐い夢をみて夜眠れないんです。それを今迄放っとくなんて、余りひどいじゃありませんか。」
「まあー、夢をみて眠れないのですって……。」
「そうです。それもあなた達が、差配をだますために、嘘を本当のように云わせようとしたからです。」
 房子は彼の激しい調子に、きょとんとした顔付で呟いた。
「わたしは止めたんですが、宅が強いて云うものですから……。」
「松木さんがどんなことを云われようと、あなたは母親じゃありませんか。あくまでも庇ってやるのが本当です。」
「ですけれど……。」
「一体あなたは、余り人が善すぎるからいけないんです。松木さんがどんな考え方をして、どんなことをされてるか、あなたは御存じないのですか。」
「あの通り、何にも聞かしてはくれませんので……。」
「聞こうともなさらないんでしょう。」
「聞いたところが、わたしには何にも分りませんし、男の仕事に女が口を出すものではないと云われますと……。」
「よくそれであなたは、不安じゃないんですね。」
「わたし、こんな性分なものですから……。」
「それでも、光子さんが可愛くはないんですか。」
「ええ、それはもう……。」
「じゃあ、せめて光子さんのことだけなりと、もっとしっかりなさらなくっちゃ……。」
「自分でもそう思いますけれど……。」
「現に光子さんがどんな気持でいるか、お分りですか。」
「だからあなたに……。」
「聞いて貰うと仰言るんですか、自分の娘のことを……。」
 そんな風に、彼は房子を云いこめてるうちに次第に気持が白けてしまって、口
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