にいくら聞いても、はっきりした答は得られなかった。
ところが、雨のしとしと降る或る夕方、光子は彼を階下の縁側でふいにつかまえた。
「あたし恐いわ。」
「え、何が。」
「あすこが開いてるから。」
彼女の指さす方を見ると縁側の、欄間の板に二三寸隙間が出来ていた。
「寝てると、夜中にあすこから、外が見えるの。」
彼は初めてそれと悟って、房子から木片を探し出して貰って、欄間の隙間を塞いでやった。
「これでいいでしょう。」
「ええ。」
首肯いた光子を、彼は二階に連れて行って、ゆっくりいろんなことを尋ね初めた。光子はぽつりぽつり話してきかした。やはり、夜中に変な夢をみるのだそうだった。
「何だか、井戸の辺から、真黒なものがやって来るようなの。」
夢というのはそれきりらしかったが、その夢をみると、いつまでも眠れないそうだった。
「なぜお母さんにそう云わないんですか。」
「だって……。」
「そんな時には、お母さんを起すんですよ。」
「だって……叱られるんですもの。」
「叱られたことがあるんですか。」
「ええ、お父さんに。」
「どうして……。」
「あたし夢をみて、それから眠られなくなって、布団の上に坐ってると、お父さんがふいに起き上って、恐い目で睥みなすったの。夢をみて眠られないからって云うと、もう夢なんかみなくってもいいから、さっさっと寝ておしまいって……こんどからそんなことをすると、ひどい目に逢わしてやるって……。それであたしびっくりして、布団の中に頭からもぐりこんでしまったの。」
「お父さんがそんなことを云われたんですか。」
「ええ。だからあたし、いくら夢をみて眠られないでも、じっと我慢してるの。」
「どうしてまた、早く私に云わなかったんです。いくら聞いても隠してばかりいて……。これから何でも云うんですよ。」
「ええ。だって……。」
「なあに……。」
「お父さんが……。」
「何か仰言ったんですか。」
「ええ、あの、こないだ、お爺さんに云ったでしょう、恐い夢をみるって、嘘をついて……。あのことをあたしが云いつけたって、恐って[#「恐って」はママ]いらしたの。そして、これから片山さんに何か云いつけたら、ひどい目に逢わせるって……。」
「でも、私に饒舌ったと、お父さんに云ったんですか。」
「いいえ。」
「じゃあ、お母さんに……。」
「いいえ、誰にも云やしないわ。」
「それじ
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