アルフレット・デプリーンの小説「アレクサンダー広場」は、吾々が現実に見るベルリンの町ではなくて、作者の内部から流出して音楽や映画みたいな形式で構成されてる、ベルリンの町である。
 超現実主義の作品は往々不可解なものとなり、新即物主義の作品は往々支離滅裂なものとなる。然しそれは、理性的な意識で作品に対するからだと、彼等はいう。
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 われわれの周囲にあるいろいろのものは不動の状態を負わされている。恐らくそうした不動の状態は、われわれがそのものはそのものであって他の何ものでもないと確信しており、それらのものに対してわれわれの考えが不動だからであるのである。いつものことなのだが、こんなふうに眼を覚すと、私の精神はむなしく私が何処にいるかを知ろうとして動揺し、ものや国や、年月日などが凡て、私のなかで、私の周囲をぐるぐる廻るのであった。ひどく痺れていて身動きのできない私の体は、その疲労の形に従って、手足の位置を決め、それによって、壁の方向、家具の場所を推定し、自分のいる家を今新に組み立てて、名をつけようとする。体の持っている記憶、肋骨や膝や肩の持っている記憶は、嘗て体の眠った
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