腹が立つ。然しそれが人生だ。四方の壁、二つの扉、一つの窓、一つの寝台、数脚の椅子、一つの卓子、それだけだ。牢獄。人が長く住んでいる住居は、みな牢獄となってしまう。もう逃げることだ。遠くへ出かけることだ。ありふれた場所から、人間から、時を定めた同じ様な動作から、そして殊にいつも同じ様な考えから、逃げていってしまうことだ。」
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](モーパッサン)
探りあてた人は、結局そんなものだったのか。然しそれはむしろ探りあてたものではなく、つき当ったものではなかったか。つき当ってそして、何処へ逃げようとするのか。狂気の世界か死の世界かより外に、逃げ場所はあるまい。
なぜならば、人生から眼をそむけて、自分一人のうちに閉じ籠ることももう出来ないのである。自分の喜びや悲しみや、楽しみも凡て観察の対象となって、実際に喜び悲しみ苦しみ楽しむことが出来ないのである。彼は「二つの魂」を持ってるかのようである。一つは万人に共通な自然の魂であって、も一つは、その自然の魂の各情緒を記述し、説明し注釈する魂である。そして彼は如何なる場合にも常に自分自身の反映となりまた他人の反映
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