くべきを説いた。たとえ自分自身のことを書こうとも、一人称の小説を書こうとも、この大我についておれば、全主観を没した客観描写が出来るというのである。
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産気が次第についてきた。お銀は充血したような目に涙をためて、顔を顰めながら、笹村の仮した手に取着いていきんだ。その度に顔が真赤に充血して額から脂汁が入染み出た。いきみ罷むと、せいせい肩で息をして、術なげに手をもじもじさせていた。そして時々頭を抬げて、当がわれた金盥にねとねととしたものを吐出した。宵に食べたものなどもそのまま出た。
…………
産婆が赤い背の丸々しい産児を、両手で束ねるようにして、次の室の湯を張ってある盥の傍へ持って行ったのは、もう十時近くであった。産児は初めて風に触れた時、二声三声啼立てたが、その時はもうぐったりしたようになっていた。笹村は産室の隅の方からこわごわそれを眺めていたが、啼声を立てそうにすると体が縮むようであった。ここでは少し遠く聞える機械鍛冶の音が表にばかりで、四辺は静かであった。長いあいだの苦痛の脱けた産婦は、「こんな大きな男の子ですもの」という産婆の声が耳に入ると、漸と蘇ったよう
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