ている。――女性美の理想は、人の嗜好によって異るものであって、彼女は要するに、私の理想的な美人だったのである。
 驚くべきことには、彼女は全身、異様な光輝にとりまかれていた。私はその光輝と美貌とに眩惑して、石のように佇んだ。彼女は時間の経過そのもののように移り動き、私に近寄り、私の傍を通りすぎた。私は振向いて見ることも出来なかった。心身とも甘美な恍惚状態にあったのである。
 やがて我に返ると、私の眼の正面には、燦然と黄金色に輝く夕陽が宙にかかっていた。私は眼をしばたたきながら、その夕陽の光にしみじみと浴した。
 その時の彼女を、私は今でもはっきり覚えている。いつまでも忘れることはあるまい。恐らくそれは私の永遠の恋人なのかも知れない。
 彼女がどんな顔立であるか、よく分っていながら、全然云えないのである。それは既に一種の幻影である。ヴェルレーヌも、その夢想の女が、金髪であるか褐色の髪であるか知らないと云う。ただやさしい名前で、彫像のような眼差で、今は黙してるなつかしい声の響きを持っていると云う。それはモナ・リザの微笑のように捉え難いものである。
 彼女の姿は時折私の瞼の中に浮んでくる。永
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング