っこしようか。」
「しましょう。」
ジャンケン……何のためかジャンケンをして、私たちは駆け出していく。
もう大人たちは、遠く後れて、見えなくなってしまう。私と千代子とは、駆けたり、草の上に転がったり、水にはいったり、疲れると千代子は私におぶさり、笑い戯れる……。それからまた大人たちと一緒になって、家に帰ってゆく。
家に帰って気付いたのだが、私は千代子と笑い戯れてるうちに、大事な時計を落してしまった。ぴかぴか光っている美しい銀時計で、私には大変貴重なものだった。
その時の印象が、今でもはっきり頭に残っている。然し不思議なのは、当時私はそういう時計を持ってたかどうか疑問である。少くとも私は、それを探しに河原へ行った覚えはない。他の凡ては事実であるが、時計のことだけが不確実で、而もその印象が最も鮮明なのである。
時計だけを夢にみたのであろうか。
千代子は後に結婚したが、もう此世にいない。時計のことは、誰に語る由もない。
三
聖パウロは、ダマスクスへ行く途中の街道で、復活せるキリストに逢った。パスカルは、初冬の深夜、神と対面した。十九世紀の中葉、十三の少女は、ルー
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