て、室の中に戻っていった。そして頭から布団を被って、眠れ眠れ! と幻にでも呼びかけるように、胸の底でしつっこく繰返しながら、いつしかうとうとと眠っていって、それからは昏々と眠り続けた。竜子が順一を抱いて彼の室を覗きに来て、次には彼を揺り起そうとしたが、彼は夢中にその手を払いのけて、精根つきた者のように、いつまでも眠り続けた。
午後になって順造は眼を覚した。起き上るとすぐ順一の所へ駆けていった。縁側に坐ってぼんやり考え耽ってる竜子の膝から、いきなり順一を抱き取って、室の中をよいよいして歩いた。きょとんとした真黒な眼が彼の心に喰い込んできた。
「竜子、お前もいい子を産むんだぞ。」
ぎくりとしたように肩を震わして、竜子は彼の方を見つめた。蒼白い顔をして、息をつめて、蝦蟇のようにどっしりとした容積だった。
「いい子を産むんだ!」
独語の調子で繰返しておいて、順造はははは……と呆けた笑いを洩らした。眼から涙が出て来た。そして自分で自分が分らないぽかんとした気持になって、順一を抱きながら、あちらこちら歩き廻った。
底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13
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