に、安らかにぐっすり眠っていた。順造はそっと寄っていって、順一の円っこい凸額《おでこ》に一寸手をやってみた。ふうわりした温かさがあった。彼が手を引込めるとたんに、何を感じてか左の頬に軽く笑窪をよせて、口を少し動かしかけたが、そのまままた静かに眠ってしまった。死のように静かな、而も温い眠りだった。
 何という静かな眠りだろう! そして此処にも……。
 順造は悪夢からでも醒めたような心地になって、自分でも喫驚して、本箱の鍵を開いて、中から秋子の骨壺を取出して胸に抱いた。室全体が、心の中全体が、冷やりとしてしいんとなった。
 秋子よ、安らかに眠ってくれ! 順一も、竜子の腹の子も、皆安らかに眠ってくれ!
 戸の隙間から白々とした夜明の微光がさし初めた頃、順造はそっと雨戸をくって外に出た。露を含んだ爽かな夜明けだった。庭の木々に小さな芽が出かかっていた。片隅の枸杞《くこ》の枝に、小さな実が所々残っていて、赤く艶々と光っていた。あの朝は、順一が生れた時は、薄紫の花が咲いていたっけ。
 そうだ、皆安らかに眠ってくれ!
 まだ星が一つ二つ輝き残ってるらしい仄かな夜明けの光の中に、順造は怪しい心乱れがし
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