ればっかりはどうしても……。」
両袖で腹をかこって、彼女はもう本当に泣きじゃくりをしていた。
「何を云うんだ、お前は! そんなことを頭に浮べるのさえだって、恐ろしいとは思わないのか。」
だが、俺はそんなことを考えたことが果してなかったのかしら? 今度ばかりでなしに、順一が生れる前だって……。
瞬間に閃めいたその考えに、順造は自ら喫驚して飛び上った。じっとしていられなかった。離れの室に逃げ込んでゆくと、白紙を張って秋子の骨壺を隠した本箱が、妙に白々しく取澄して見えた。彼はほっと安堵した気持になると共に、呆けたように頭が茫としてしまった。室の真中に敷いてあった布団の上に、ごろりと長く寝そべった。
静かな晩だった。変に物音一つ聞えなかった。長い間たった。室の入口から真白な円いものが覗き込んで、暫くしてそのまますーと消えていった。何だったろう、とそんなことを彼はぼんやり考えた。
いつのまにかうとうとして、薄ら寒さにはっと我に返った時、眠りながら考えていたらしい一つのことが、彼の頭にこびりついていた。
どんなことがあっても、順一だけは立派に護り育ててやろう!
今のうちに腹の中の子を
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