び上ってきた。啜り泣きとも憤りともつかないのが、喉元にこみ上げてきた。
それが彼女にも反射した。彼女はいきなり片膝を立てて、彼の方へにじり寄ってきた。
「私の身体をどうして下さいます?」
敵意の籠った抱擁のうちに、彼は身を投げ出した。
今に見ろ、今に見ろ!
眼をつぶりながら、震えていた。
六
三月の半ばに、順造は竜子の妊娠を知った。
彼女は頭が重く痛いと云ってぶらぶらしていた。食慾が非常に減じた。総毛立った蒼い顔色をして、何をやり出してもすぐに放り出し、眉根をしかめて黙り込んでいた。朝は遅くまで寝て、晩は早く床にはいった。うっとり夢みるように考え込んでるかと思うと、急に眉根をしかめて苛ら立った。白粉の匂いを嫌がって、蒼脹れのした穢い素顔のままでいた。そして或る朝、食後間もなく、食べた物を皆吐いてしまった。順造は漠然とした不安を覚えた。腹膜炎! そういう考えが真先に浮んだ。医者に診《み》せてごらんと切《しき》りに勧めた。然し彼女はそれに従わなかった。診て貰っても無駄だと頑張った。二度目に食物を吐いた時、順造は叱りつけた。医者の家へ行かなければ、僕が医者を呼んで来
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