子を其処へ坐らした。彼女は逆らわなかった。それを彼は更に自分の膝に抱いてやりたかった。けれど……。
変梃な気持だった。――折にふれて漠然と頭に浮べたこと、夫婦生活の結果として何気なく想像したこと、僕の所はまださなどと平気で友人等に答えながら、もしそうなったらと後でぼんやり空想したこと、それとは全く異っていた。何だかこう得体《えたい》の知れないものが、眼の前に現われてきたのだった。秋子の腹の中に小さな卵が――幼虫が宿って、それがだんだん大きくなってゆき、恐ろしい勢で外に飛び出し、それが一個の人間――自分の血を分けた子供……となる。そのことが実際に起りかけてるのだ。
「おい。」と彼は云った、「お前は本当に姙娠しているのかい?」
「ええ、どうもそうらしいわ。」
彼女はその態度から声の調子まで落着き払っていた。
順造は縁からぶら下げてる足をやけにばたばた動かした。
「どうなすったの?」
振り向いてみると、笑ってる彼女の眼がこちらを覗き込んでいた。彼は軽蔑されてるような気がして不愉快だった。眼を外らして考え込んだ。が、もう何にも考えることはなかった。それにきまってるとすれば、残ってるのは
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