けが、僅かに生気を示していた。
「大丈夫?」
「ええ。」と出るか出ないかの声で彼女は首肯いた。そして赤ん坊の方を、眼付でさし示した。
 彼は不思議なものをでも見るような気で、初めて赤ん坊の方を覗き込んだ。皺寄った額、閉じた眼、小さな口、鼻だけがつんと高かった。真赤なぶよぶよの皮膚に、金色の産毛《うぶげ》が透いて見えた。眺めていると、前から知ってる顔のような気がしてきた。それがじっと、何時までたっても動かなかった。
 生きているのかしら?
 指先で頬辺を一寸つっつくと、生温《なまあったか》いつるりとした感触がした。喫驚して手を引込める間に、赤ん坊は唇のあたりをかすかに震わした。
「まだ余りお触りなすってはいけませんよ。」と産婆から注意された。
「生きていますね。」と彼はうっかり云ってしまった。
「生きていらっしゃいますとも!」
「でも息をしていないようだったから……。」
 産婆が声高く笑い出し、秋子が口許に微笑を浮べたので、彼は漸く安心した。
 女中が盥や上敷を片付けた頃、秋子は俄に腹痛を訴えだした。
「後産《あとざん》でございますよ。」と産婆が云った。
 順造は一寸其処につっ立っていた
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