の早い小鳥のような彼女は消え失せて、大きな腹でどっしりと落着いて上目がちにあたりを見廻す彼女となっていた。
 日に日に可愛い秋子が何物かに奪われてゆくのを、順造はどうすることも出来なかった。而も彼女を奪ってゆくその偶像は、固より胎児ではあったけれども、単にそればかりではなく、何だか陰惨な得体の知れない大きな力だった。見つめていると、眼が眩むような気がした。
 誰を――何を――愛していいか、彼には分らなかった。
 秋子がぼんやり立ってると、彼はそっと忍び寄って、彼女の両膝を後ろから押してがくりとさした。坐ってる横を彼女が通りかかると、ひょいと片足を投げ出して邪魔をした。一緒に次の室へ歩いてゆく時には、軽く彼女に足払いをかけてみた。そんな一寸したことにも、彼女はよく転んだ。そしては怒って、彼の悪戯を責め立ててきた。彼はそれを胸に抱きしめてやりたかった。然し彼女は彼の拡げた腕に飛び込んで来なかった。いつまでも顔を脹らしていた。それが、臨月近くなると、後で眼を濡ましてることがあった。
 早く日の光を、自分達に……ではない、秋子の胎内のものに与えることだ! と順造は考えた。

     二

 
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