言るのよ。どんなに心配して大事にしてるか知れませんよ。一寸したことでも、どう障るか分らないんですから。指が二本くっついてたり、耳が縮れたりすることは、よく世間にあるじゃありませんか。」
「なあんだ、つまらない。」
「何がつまらなくって?」と彼女は意気込んだ。
 彼はどう説明していいか分らなかった。が兎に角、彼女の心配は明るい浅い、形のはっきりしたものだった。然し彼のは、暗い深い漠然としたものだった。底のない不気味さ、そんな感じが胎児という考えを色づけていた。
 秋子は急に苛立ってきた。黙ってる彼の顔へ、尖《とが》った声の調子を投げつけた。
「あなたは私が姙娠したのを御不満なんでしょう。そうに違いないわ。一度だって喜んで下すったことがあって?」
「馬鹿な邪推をするもんじゃない。」
 彼女は邪推でないと云い張った。そんな考え方をするのはいけない傾向だと彼は云った。あなたの方がいけない傾向だと彼女は云った。そう思うのは誤解してるからだと彼は云った。
「誤解ですって?」と彼女は声の調子を高めた。「それじゃ、どうしてそんなに私のお腹を気になさるの。思い切ってお叩きなさるがいいわ。今にどんなことに
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