みんな不機嫌でした。そのことを思い出しましたので、祖母のことが気になって、見に行きました。
 祖母はいろんな器具のとりちらかされた中に坐って、大きな杯をじっと眺めていました。ばかに大きな三組の朱塗りの杯で、その真中に、うちのとちがった美しい紋章が、金ではいっていました。私が一緒に眺めていると、祖母は独語のような調子で云いました。
「これはお殿様から頂いたものです。」
 私はその調子がおかしかったので、祖母の肩につかまって笑いました。祖母は怪訝そうに私の方を見ました。そしてやはり同じような調子で云いました。
「大事な品ですから、覚えておくんですよ。」
「どれが一番大事なの。」と私は尋ねました。
 祖母は眼をしばたたきました。
「三つとも大事なの。」
「ええ。」
 その時、私は祖母をからかうつもりでいましたが、ふと、重大な問題が頭に浮びました。土蔵の中のしいんとした静けさとしっとりとした空気と、高い窓からさす空の反映の薄ら明りが、祖母と私との間の距りをなくしてしまいました。
「お祖母さん、」と私は祖母の肩に顔をくっつけて云いました、「それを一つ分けてやってもいいでしょう。」
「え、誰にです
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