悪い場所もありそうでした。
 けれども、その中に点綴するいろいろな楽しみもありました。
 梅の花が咲き、桜の花が咲き、椿の花が咲きました。梅の実が大小さまざまに沢山なりました。梨の実が一日一日と大きくなっていきました。桃や枇杷が熟しました。柿が房をなして色づきました。蜜柑や金柑が至るところに微笑んでいました。椋や榎の実を食べに小鳥が群れてきました。
 それらのものの下で、私は祖母と遊びました。四季折々の草花も育てました。鶏や山羊や鳩にも餌をやりました。池に玩具の舟を浮べました。墓地一面の金色の苔の上から、落葉を拾いました。
 墓地の隅に、碑銘も何もない小さな円い石が一つ立っていました。
「あなたの兄さんのお墓ですよ。生れてじきに亡くなりましたが……。」
 祖母はそう何度かくり返して云いました。その児が生きていたら……という思いが自然と口に出るのだったでしょう。
 けれど私は、生れてじきに亡くなったその兄のことよりも、もっとほかの同胞のことに気を惹かれていました。同胞……兄か弟か姉か妹かそんなことは分りませんが、何だか私にはまだ同胞があって、それがどこかで丈夫に元気に生きている……という
前へ 次へ
全15ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング