気がしたのです。いつそんな考えが起ったのか分りませんが、しまいにそれは殆んど確信に近いものとなっていました。今に私はその同胞を探し出し、名乗りあわなければならない。けれど、どこを探したらいいか。そのことを、私はどんなにか祖母に尋ねたかったのです。そしてまた何となく尋ねにくかったのです。
 どこかに自分の同胞がいる……それはいつか夢にみて、その夢をどうしても忘れかねてる、そういう気持に似たものでした。本当かどうか、本当にはちがいないがもっと確かめてみたい……。
 椿の花が落ち散ってるのを拾い集めている時、赤い熟柿を小鳥がつっついてるのを眺めている時、私は祖母の顔色を窺いました。けれどやはり尋ねかねました。そのたった一つの秘密を祖母に打明けられないことが、私の何よりの悲しみでした。
 けれども、その秘密を話し合える友だちが一人、私にはありました。近所の、みよ子という私より一つ年上の子供でした。
 私は家の中で、祖母を除いては殆んど一人ぽっちでしたが、村でも殆ど一人ぽっちでした。代々の農家ばかりの村では、二三軒の士族は一種の特別待遇を受けていましたし、その士族どうしはまた妙に冷かな交際ぶりだったものですから、士族のうちの一つである私の家は、親しい交渉を村内には持っていませんでした。そういうことが子供にも影響していました。その上私の家は表が長い坂道になっていましたので、それをわざわざ上ってくる子供もなく、私もそれをわざわざ下りてゆくこともせず、いつも家敷の中で一人遊んでいました。ただ、みよ子だけが時々坂を上ってきてくれました。
 みよ子の家は農家でしたが、何かしら一種の家風を具えた富有な家で、その父親は私の父と特別の交渉があるらしく、屡々訪れて来ていました。そして私とみよ子とは、いつから知り合ったともなく、親しくしていました。みよ子には生れて間もない弟が一人ありました。
「僕には、どこかに兄弟が一人いるような気がするよ。」と私はみよ子に云いました。
「あたしもそうよ。」とみよ子は云いました。「あの赤ん坊とは、あたし姉弟《きょうだい》じゃないかも知れない。」
 そして私たちは、どこかに同胞があるという秘密をお互に話しあって、手をとりあって籔影に隠れにいくのでした。籔影には、名も知れない小さな雑草に、白い花が咲いていたり、赤い実がなっていたりしました。
「お祖母《ばあ》さんに聞
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