で私をねらってるのね。」
俊子は彼と眼を合わして、くすりと笑った。口元に指で押したような凹みが寄って、ちらと瞬いた睫毛が、鳥の翼みたいな影を眼の中に落した。
ハートの切札の時に勝つようにと、彼は何がなしそんなことを心に念じた。
けれど、そういう遊びのうちにもともすると、真暗な夜が忍び込んできた。風はいつのまにか止んで、しとしととした霖雨を思わせる雨音だった。それがなお戸外の夜の暗さを偲ばせた。此処に来て初めて、鼻をつままれても分らない闇夜を知ったという、その暗闇が室の隅々から覗いていた。
「明日《あした》も海が荒れそうですね。」
南に廻った海鳴の音をじっと聞いていた伯母が、トランプの方をそっちのけにして云った。が誰も返辞をしなかったので、伯母は一旦噤んだ口をまた開いた。
「もう二三日で九月ですね。」
滅多に海へも行かない伯母は、早くから退屈して東京へ帰りたがっていたが、俊子のためにというので、皆と共に八月一杯滞在することになっていた。その八月がもう二三日きりとなってるのだった。
「あと僅かだから、うんと遊びましょうよ。私徹夜しても構わないわ。」
だが、そういう姉の声も、昼間
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